開高健『玉、砕ける』について

 黴が身にまとわり付いたようなだるさ(倦怠感)、取材先での疲れや無力感なのか憂鬱から抜けられない作家。知り合いの張に会うため香港経由で帰国することにし、張のすすめで澡堂(垢すりや按摩もやってくれる風呂屋)で擦り取られた垢の玉を受け取る。日本への出発日に老舎が死んだことを教えられる。
 体にまとわり付いた黴の塊ではある玉を大切にくるんで持っていたが、その玉は乾いて飛行機の座席に着いた時に砕ける。文革(文化大革命)後である。中国の知識人らは政治的立場、党派の選択を迫られた時、片方を選べば生き延び、逆を選べば粛清され命がない。老舎に何があったのだろうか、張は香港で生き延びているが心境は複雑である。
 タイトルは玉砕と読めるが、取材旅行から脱出してもすっきりせず、人が運命から逃れられず砕けることを痛感したのではないだろうか。

初出=1978年(昭和53年)3月、文藝春秋
所収=新潮社、『歩く影たち』

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