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憲法の例外を認められるか

自衛隊は憲法の例外的存在として認められるか。 防衛のための陸海空軍が必要であり、憲法の平和理念を尊重と両立させるため、憲法の解釈・運用として例外的に認める。⇒ 解釈憲法 憲法を改正しなくても、専守防衛武力は国民にも友好的他国からも認められている。⇒ 改憲論はこれを曖昧と考える。 憲法を守るべきか。 戦争が繰り返される現実世界の中で、現在の憲法の平和理念を守り通すべき。 憲法の改正を認めると軍事国家への歯止めがかからなくなる。 憲法を改正すべきか。 憲法の条文と矛盾した状態はよくない。 憲法は自衛権は否定していないが武力を放棄している。 憲法上の問題により、自衛隊の活動任務に判断の遅れや支障が生じる。 米国が戦後情勢の中で起案した憲法であり、絶対普遍の聖書のようなものではない。情勢の応じて適宜修正されるべき。 自衛隊の任務において武器の携行は認められるか。 戦地での活動において、誰が自衛隊を護衛するのか。⇒ 他国軍か非正規軍となる。 任務中に負傷した場合、国民が違憲行動と見なすか。国により保護されないのか。 軍隊を持つべきか。 外交努力により政治・経済・軍事バランスを保ち、戦争を回避し続けるべきという意見。⇒ 自助努力 米国との軍事同盟関係に頼るべきという意見。もし米国の状況が変わったならば、その時に軍備を考えればよいという意見。⇒ 共助 他国の軍力を頼りにするだけでは心配なので、現憲法のまま解釈憲法により自衛隊を維持すべきという意見。⇒ 自助努力 他国の軍力を頼りにするだけでは心配なので、憲法改正により自衛隊を維持すべきという意見。⇒ 自助努力 他国を圧倒する軍力にならない以上、一切の軍力を諦める、戦争に巻き込まれたらそれぞれが逃げる他ないという意見。⇒ 非戦論 徴兵制か職業軍人か。 徴兵戦力の訓練をどうするか 職業軍人を維持する費用 核兵器 自国で核武装をすべきという意見。⇒ 他国の攻撃を抑止、軍事費削減になるから(費用対効果が大きい) 同盟国が核武装して日本を守るべきという意見。⇒ 憲法とは別に核兵器の放棄の理念も掲げているから(その放棄した核兵器で守られる点は問わない) 日本は核兵器を持つべきでないという意見。⇒ 世界中の核兵器撤廃に向けて、日本が模範となるべきだから 核兵器により、結局は全世界の国が被害を受けるため、核兵器による一方的な勝利はないという意見。...

人はみな一生を待って過ごす。

Charles Bukowski, Pulp 待つことが人を狂わせる大きな原因だってことくらい、医者は知らんのか? 人はみな一生を待って過ごす。生きるために待ち、死ぬために待つ。トイレットペーパーを買うために並んで待つ。金をもらうために並んで待つ。金がなけりゃ、並ぶ列はもっと長くなる。眠るために待ち、目ざめるために待つ。結婚するために待ち、離婚するために待つ。雨が降るのを待ち雨が止むのを待つ。食べるために待ち、それからまた、食べるために待つ。 チャールズ・ブコウスキー、パルプ、柴田元幸(訳)、1995、学習研究社

開高健『玉、砕ける』について

 黴が身にまとわり付いたようなだるさ(倦怠感)、取材先での疲れや無力感なのか憂鬱から抜けられない作家。知り合いの張に会うため香港経由で帰国することにし、張のすすめで澡堂(垢すりや按摩もやってくれる風呂屋)で擦り取られた垢の玉を受け取る。日本への出発日に老舎が死んだことを教えられる。  体にまとわり付いた黴の塊ではある玉を大切にくるんで持っていたが、その玉は乾いて飛行機の座席に着いた時に砕ける。文革(文化大革命)後である。中国の知識人らは政治的立場、党派の選択を迫られた時、片方を選べば生き延び、逆を選べば粛清され命がない。老舎に何があったのだろうか、張は香港で生き延びているが心境は複雑である。  タイトルは玉砕と読めるが、取材旅行から脱出してもすっきりせず、人が運命から逃れられず砕けることを痛感したのではないだろうか。 初出=1978年(昭和53年)3月、文藝春秋 所収=新潮社、『歩く影たち』

大岡昇平『花影』について

 主人公葉子のモデル坂本睦子 は大岡昇平の愛人であったが、その自殺を解き明かすことや、高島のモデル青山二郎を責める目的で書かれた小説でもない。また、坂本睦子と仲のあった菊池寛、中原中也、坂口安吾、河上徹太郎、小林秀雄、大岡昇平ら文人らの私小説でもない。江藤淳は中原中也の『臨終』の本歌取りと論評した。葉子の吉野への旅は願い叶わなかったが、その想念は西行のあまりにも有名な「願はくは花の下にて春死なん」を本歌取りした美しい文章で挿入されている。  しかし、葉子にとって切実に心残りではなく、西行の本歌取りの文章は妙に綺麗に浮いて感じられる。花影は人の世の生と死の行く末を描いた小説であるが、中也の詩の通り、鈍色(にびいろ)の空の下で神もなくしるべもなく窓近く婦(をみな)の逝きぬ、町々はさやぎてありぬ、子等の声もつれてありぬ、この歌が葉子が幼少に白っ子と呼ばれたことと重なって、神や仏が存在しないこの一遍の小説全体の歌として聞こえてくる作品である。 葉子のモデル 坂本睦子 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%82%E6%9C%AC%E7%9D%A6%E5%AD%90 高島のモデル 青山二郎 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E5%B1%B1%E4%BA%8C%E9%83%8E 松崎のモデル 大岡昇平自身である。 江藤淳、現代文学体系59「大岡昇平集」解説、筑摩書房、1966、(江藤淳著作集 続2、昭和48年、講談社より)

宗教思想

二宮尊徳 神、儒、仏を合わせた現実主義的思想。 対象を凝視しながら対象にとらわれない思考。 夫れ人道は譬えば、水車の如し。其の形半分は水流に順(したが)ひ、半分は水流に逆ふて輪廻す、丸に水中に入れば廻らずして流るべし。又水を離るれば廻ることあるべからず。 天理に順ひて種を薪き、天理に逆ふて草を取り、欲に随(したがひ)て家業を励み、欲を制して義務を思ふべきなり。 福住正兄、『二宮翁夜話』、江戸末期、福住正兄は二宮尊徳の門人 セルバンテス 天国にいきてえからとか、地獄に落ちるのが怖いからとかでなく、ただ神様が神様だからちゅうことで。まあ、できればおら、愛して仕えたら、なにかお恵み頂戴してえと思うけんど。 ミゲル・デ・セルバンテス、ドン・キホーテ、前篇、第31章、1605 セルバンテス全集(2)ドン・キホーテ 前篇、岡村一訳、2017年2月、水声社、400頁より

栄誉とは、名誉と褒章

勝者にはただ栄誉だけが与えられるのだろうか。栄誉には葡萄酒、羊、金銀の報奨が伴うのは最もであろうか。 どんなに槍が投げられても、どれだけ剣捌きが見事でも、そいつを抵当(かた)に居酒屋で酒の一杯も飲めるわけでねえ。(ドン・キホーテ、第20章、202頁) 愛の最大の破壊者は空腹であり、抜け出せない貧乏暮らしだ。(ドン・キホーテ、第22章、222頁)

人間の善意とは

持っている食い物をわけてくれろと頼むかと思えば力ずくでとりあげなさることもあるだ。ちゅうのも、おかしくなったときは、進んで食い物差し出されてもおとなしく受けとらねえで、わざわざ殴ってとっちまうけんど、正気のときには頭下げて礼儀正しく丁寧に頼んで、受け取ると何度も例を言って涙まで流しなさるだ。  実を言えば、旦那方(と、山羊飼いは続けた)きのう、おらとほかの山羊飼え四人のあいだで、二人使っているやつであとの二人は友達だけんど、話がまとまっただよ、なにがなんでも探し出すべえと。見つけ出したら、首に縄つけてでもここから八レグアばかりのところにあるアルモドーバルの町へ連れていって、そこでおのおつむの病気、治せるものなら治してあげてえだ。 ミゲル・デ・セルバンテス、ドン・キホーテ、前篇、第23章、1605 セルバンテス全集(2)ドン・キホーテ 前篇、岡村一訳、2017年2月、水声社、280頁より